紀元前10世紀頃〜3世紀中頃

弥生時代

大陸から稲作と金属器が伝わり、ムラが大きくなってクニへとまとまっていった時代。米の蓄えをめぐる争いも起こり、やがて邪馬台国の卑弥呼のような有力な支配者が現れました。

弥生時代の出来事

出来事13件

紀元前10世紀頃〜紀元前4世紀頃

稲作の伝来

朝鮮半島を経由して水田稲作の技術が北部九州に伝わり、弥生文化の基盤が形づくられた。

背景

縄文時代の日本列島では、狩猟・採集・漁労が生活の中心で、食料は自然の恵みに大きく依存していた。一方、大陸や朝鮮半島では長い時間をかけて水田稲作が発達しており、その農耕技術と生活様式が海を越えて伝わる条件が整っていった。

経緯

稲作技術は朝鮮半島南部を経由して九州北部の沿岸地域に持ち込まれたと考えられている。当初は小規模な水田が営まれ、やがて木製の鍬や鋤、石包丁などの道具とともに、灌漑を伴う水田耕作が各地へ広がっていった。炭化米や水田跡、大陸系の磨製石器などの出土資料から、その伝来の様子がうかがえる。

結果・影響

稲作の普及により食料を計画的に蓄えられるようになり、人口の増加や集落の大規模化が進んだ。収穫物を共同体で管理する必要から貧富の差や指導者の出現が生まれ、後の国家形成の前提となった。ただし伝来の年代は研究によって大きく異なり、現在も議論が続いている。

文化経済